昭和52年03月21日 朝の御理解
御理解 第68節
「神参りをするに、雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ。いかにありがたそうに心経やお祓いをあげても、心に真がなければ神にうそを言うも同然じゃ。柏手も、無理に大きな音をさせるにはおよばぬ。小さい音でも神には聞こえる。拝むにも、大声をしたり、節をつけたりせんでも、人にものを言うとおりに拝め。」
信心は真でなからなければならない、真心でなからなければならない、それに辛抱力を作って行かなければならない。辛抱力を作る修行をさせてもらわなければならない。先日の総会の時に、ある方がこんな発表をしておられた。十年祭です。記念祭まで、腹を立てん修行をしたいと思いますという。何遍も思い立って見たけれども、途中でくじけてしまう。途中で腹を立てんと思うておっても、腹の立つような事が起こって来ると、また失敗をしたといったようなことになる。
やはりそういう修行を繰り返させて頂くということが、やはり辛抱力を作る事だと私は思いますね。やはり腹を立てんという。不平不足を言わんといったような、やはり修行をさせてもらう。そのためにお互いが一つ、心行に心掛けさせて頂いて、不平不足を言わんで済む、又は、腹を立てんで済むほどしのおかげを頂きたい。大体不平不足と言った様なものは、信心が分かれば、勿体無くて言えないのである。
腹を立てると言った様な事も、合楽理念を一通りマスターしたら、それこそ腹の立つどころではない、お礼の心すらが出来てくる。そういう意味でも、一通りの合楽理念を体得させてもろうて、そしてやはりそれを稽古させてもらう。腹が立たんようになった。不平不足を言わんで済むようになったという世界が、もうお徳の世界である。そういうそのお徳の世界を目指させて頂くのですから、雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならん。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃと。
心行とは暑い寒いを言うてはならん。不平不足を言うてはならん。もちろん暑い寒いということは、あの自然のいわゆる暑いとか寒いとかという事だけではない。起きて来る様々な事柄の中にも暑い思いをし、寒い思いをするような事もある。それが心行なのだね。不平不足を言うてはならん。心の中に心行を頂き続け、修行を頂き続けておると、昨日のその御用日誌が、ここの先生方があの正奉仕の人がその日一日の出来事などを、こうやってまとめてあったり、所感を書いたり。
御理解のメモなどをちゃんと、こうしておる訳ですけども。所感の中に、昨日正教先生があの、正当番であった。その中に書いておる。体は疲れていたが、何となく有り難い心の状態の一日であった。信心修行というものは、そういうものでなからなければならん。もう、今日はへとへとになるほどしにお使い回しを頂いた。けれどもそのお使い回しを頂いた、へとへとになったという事そのことが有り難いのです。いかに昨日竹内先生が、心の中に心行を頂き続けておったかということが分かる。
何ならこんなにきつい、馬鹿らしいことをせんならんだろうかと言うのではなくてね、心行でそれが成される時に、確かに体はくたくたに疲れておっても、その後味というものが有り難い。今日もくたくたになるほどしにお使い回しを頂いて有り難いという応えしか出てこない。その有り難いという心が出てこないとするならば、いかに心行を怠っておったかという事を気付かせてもらわないけません。
昨日は菊栄会でしたが。私が出て来たのは十二時過ぎでしたでしょうけど、まだ色々話があっておりました。それでまぁ私ちょっとかたって、それで疲れておりましたから休ませてもらった。そしたら今の文男先生と正義先生が二人やって来てくれて足を揉んで、いつものように揉んで。こちらも何とはなしに、この風邪の具合が悪いですから、疲れておりますからもう一言も言わない。暗いところへ黙って入ってきて、黙ってズボン脱いでから、私のとこの中へこうやって二人が入ってきて。
それで黙って二人がこう、揉んでおる。私も黙ってそれを受けておる。もう私は昨日ほど気持ちのよい足揉みをして頂いた事なかったです。もう文雄先生が正義さんが、もうその揉んでおるところへ、もうそこそこっちいう所ばっかりに当たるんです。もう私は昨日はもう驚きました。それですから、普通は二時間なっと揉むものですけれども、昨日おそらく三十分ぐらいだったでしょう。もうもんでしもうて、自分の手触りというか、その手当たり具合で分かるんですよね、私がどのくらい気持ちが良いか。
私がどのくらい、もう言うならあの、まぁよかとこに当たっとるかという事が、わかる通うんです確かに。ほれでまぁ言うならば、いつもなら一時間なら一時間かかるところを、三十間で揉み上げて。そしてまた黙って出て行くんです。私もご苦労さんとも言わない、そのままですけれども、その中にこれはもう、いつもこれで行かなきゃいけないなと私思いました。もうこれは足を揉んでもらうという事だけではない。すべてがこれでなからなければいけないなと。
言うならば二人の方達が昨日、奉仕をして下さったのは、もう本当に奉仕であったと言う事。私も黙って疲れておるから休んでおる。疲れておるけれども、やっぱり有り難いわけ。今の竹内先生じゃないけれども有り難い。この有り難い心で奉仕し、有り難い心で受けるところに言うならば、一時間もかかる所は、三十分間で済むような。しかもそれを受けておる私は、もう本当に要所要所、もうそこそこと言う様な、その無駄のないおかげを頂いて、昨日二人ともだから早く休む事が出けた事になる訳なんです。
有り難く奉仕して、有り難く受けるという事は、本当に素晴らしい事だと、夕べ休ませて頂いて、本当にその事を神様にお礼申させて頂いたことでした。私共のだから一日というものがね、そういう在り方でなからなければならないと。もう言葉で通じよう、通じさせようと言う様な事はいらない。心と心が通うたら、それで良いのである。受ける方も有り難しなら、奉仕する者も有り難い。神様へ向けても、尚更同じような事が言えるのじゃないでしょうかね。
そこんところは教祖がね、いかに大祓いやら心行を挙げても、心に真がなければ、神に嘘を言うも同然じゃと教えられる。大きな声を出したり、節をつけたりせんでも、人に物を言うように、言うなら、こっそり言うても神には通じる、神には通う。私はまさしく、昨日の二人の奉仕、また受けた私は、その通りの事ではなかっただろうかと、こう思うのです。私どもの信心生活がそのよう、な言うならば在り方にならせて頂くという事と同時に、神に嘘を言うような生活ではない生活にならせて頂いて。
そして合楽理念をマスターする所からです、段々分からせられる事は、辛抱するということが有り難いという、もうとても十年の記念祭までは腹を立てん。成程取り組む事は素晴らしい事ですけれども、そのなぜ腹を立ててはならないか。神様がこのようにして働きかけて下さってあるのに、腹を立てるなどは勿体無い。自然界には一切をまるう、まるうと、まるうせずにはおかんという働きがあっておる。氏子の心の中に和の心も与えよう、喜びの心も与えようとなさる働きが起きておる。
それは場合には雨風のように荒荒しゅう現れて来る場合もあるのですけれども、神様がこのようにして、和の心を作って下さるんだ、喜びの心を作って下さるんだという事が、理念に基づくとその辺のところがハッキリと分かって来る。だから神様がまるうせずにはおかんという働きに便乗する事が出ける。そこに私は神も喜び氏子も喜びと言う様な世界が開けて来るという風に思うんです。
辛抱力を作ると。けれども辛抱するということが、このようにも有り難いんだと。いや、実は辛抱をする事ではない。もう有り難い一色になれれる手立てが合楽理念です。合楽理念は、有り難う楽しゅうしかも愉快に、やろうと思えば子供でも成せれるような生き方を説いてあるというのもそういう訳です。もう十二時もやがて、そこが終わってからでしたから、やっぱ一時近くあったんじゃないですか。もうここのいらん事を、本当に思い立ったもんじゃある。
もうしゃっち親先生がもう、二十日の日はもう当てしとるもんじゃけんで、いかん訳にはいかんちゅうごたる風な心で来たら、もう全然、そのきつかったり眠かったりでしょうけれども。むしろそれに何か知らんけれども、その奉仕という事の精神が、あるからこそ私も黙って済む、黙って受けられる。黙って受けるじゃない、有り難く受けられる、有り難く奉仕も出けるというそこにね、もういわゆる交流するもの。
そこには言うならばその、一時間も二時間も奉仕せねばならないような、例えば事であっても、神様がもう三十分間で切り上げ、ならもうよかばいと言うて、言うた訳でも何でもないけれども、私が堪能してる訳です。もう本当に今日の足揉みのごと素晴らしい足揉みはなかった。しかも二人が揃うて、もう本当にそこそこ。もうどうして昨日ばっかりは、もうそこそこちゅうところに、あんなに手が行ったじゃろうかと思うくらいに、本当に素晴らしかったです。
本当にあの通うという事は、こんなに素晴らしいこと。交流するということは、こんなに有り難いこと。そういう手立てを私共がいわゆる天地、いわゆる天地の親神様との交流も同じ事だということを、この六八節には説いてあるように思います。神様との交流の手立て。そこには雨だろうか、風だろうかと激しゅう現れて下さる生き方と、最後のところにございますように、声を立てんでも、節をつけんでも、それこそ黙って行なうても、真さえあれば神様へ通ずる、神様へ通う。
その神様へ通う一つのルートが出ける。そのルートを辿って、人間の幸せの条件というものが足ろうて来るのです。どうでも、本気で一つ勉強させてもろうてね。天地の中にはそういう人間、これは氏子だけの事ではありません。いわゆる、小動物、また植物の上にですら、そういうまるう、まるうせずにはおかんという働きがあっておるという事を、分からせて頂いた今日。どうでも、それを、んなら、行じさせてもらう手立て。それを自分の身につけて行くところの修行というものが成されなけりゃ。
私は昨日、初めてまるしょう幹部の方達が三十名くらい集まって、昨日、二泊三日ですか、まあ、様々な信心の勉強をしております。私丁度二時から三時まで、一時間話してくれと言うので、行きました時には、もうピシャッともう、その学校で教室で、その座っておるように、筆記道具から、その勉強の道具を前において、そしてどういう事を、あのまあ頂くだろうかとまあ言うなら、私の幼年時代とか少年時代の、まぁ話を芯にして頂きたいといった風に言ってましたけど、始めそんな話をしておりましたら、いつの間にか合楽理念になってしまったです。
そしてその合楽理念を説いて行く内にですね、あの入っていない時には分かるです、お話をしておって。子供ながらそれが皆分かって行ってるんです。説明しなさいと言うても、それは、どうか知らんですけれども。とにかく私が言っておる事が分かっているんです。一時間みっちりお話が出けたんです。私はちょっとした驚きでしたですね。まるしょうに合楽理念を説く。
こんなあの例えて言うならば難しい話をですね、合楽のまるしょうは頂きこなせれる内容を、日頃鍛うておるなという風に思うて、大変有り難いと思わせて頂きましたが。これはどうでもんなら、あの子供の時からあのそういう言うなら、天地の一人ひとりにかけられる願いと蒲田は、昨日私はあの、椛目の宮崎泉君の例を取ってお話した事でしたけれど。あちらも、次々とお母さんが流産をされる。
それで金光様は側におって拝んだ事もなかったけれども、あのお参りをしてお願いをしようかというのでお参りになったのが初めてで。そしておかげを頂いて、丁度何人目かに止まった。丁度私と同じ事だと。私がそうだった。二人母が流産して三人目に私がおかげを頂いて。その三人目にとり止めたという、その家族の者の喜びが、どういう風に間違って行ったか、椛目には三人子が出けたげな、三つ子が出けたげなという評判が、あの起こったような話から始まったんですけども。
それは私にせずに、あの、宮崎泉君の事からね。だから、泉君は、そういう、実はこの世に出て来れないはずの人が、神様のおかげで、このように出て来て。今日、ちょうど二十歳になるそうですが。二十年間という間、おかげを頂いて。彼の小学生から中学生、そして高校を卒業してまるしょうに入って。まるしょうのリーダーとして今日おかげを頂いとる間には、決して、あの、金光様の信心を頂いておる子供とは、または、青年とは言えないような時も、いくらもあった。
けれどもその二十年間の間に、一つも今日、僕がこうやって信心させて頂いておるという事によって、過去の一切が全部生きておる無駄がない。なら僕はちっとばっかりどまぐれたというごたる時には、もう両親がもうそれこそ、今までかつてした事のないような信心に、なら入って行ったじゃない。もう本当に泉のおかげでという事になって来て。そしてんなら僕自身も段々、言うなら信心の本筋へ本筋へと、こう入って行っておるんなら、これからどういう事が起こるか分からんけど。
それが信心による事によって、全部生きて来るんだ。それをんなら思う時に、いかに天地自然の働き、天地の親神様の働きというものは、本当なものにせずにはおかん、本当なものにはせずにはおかんという働きが二十年間あり続けておる事がわかるだろうがという話を致しました。信心を頂いておるなら、どういう過去を持っとってもいいです。信心が続けられておる限り。それが必ずのおかげでという事に生きてくるんです。なら私が少年あの、幼少時代にその様々な病気をしたり、火傷をしたり。
その事がすべて生きて来てるんだという事です。忌まわしい色んな問題もあった。その問題忌まわしいと思うその問題すらも、素晴らしい神様の働きであった。言うならまるうせずにはおかん、いわゆる和の心を与えずにはおかんという神様の働きであったという事をまあ昨日、まるしょうの方達にそんな難しい話をね、あの聞いて頂いて、しかもそれが、あのわかったという感じがするんですね。
そこから成程、腹を立てると言う様な事が、こんなにもつまらん事だ。不平不足なんかは、もう、勿体無うして言われんと言った様な勉強がです、子供ながらにも出ける。私が十ニだっただろうか。小学校の時に元旦の式に出るために、廊下にずらっと並んでおる時に、向こうから走って来た友達が、もう私にバーッとこう跳びかかって来たと同時に、私の足を嫌というほど踏んだ。
私はもうご承知のように、大変な霜焼けがするんです。もう霜焼け大体、こんな張れとるところを踏まれたもんですから、私はその叩こうと叩き返そうとした時に、私の母の父であります、祖父の爺がです、総一ちゃんやい、もう一つだんくらさられたっちゃん、喧嘩どんしちゃ出けんぞと。なまんだぶ、なまんだぶと言うとね、痛かとはようなる、腹ん立つとは無くなると言うておった事をね、咄嗟に実行したということ。
そして、その前後の事は忘れておるけれども、確かにあのなまんだ、なまんだぶもう爺は、大変な真宗仏教の、もうそれこそ篤信の人でしたから、そういう事を、まぁ孫の私達にも教えておった訳ですけれども。そん時にそのなまんだぶ、なまんだぶを言うた事とを、その後に痛いからとか、腹が立つからではない、訳のわからなん涙がこぼれた事を、私がハッキリ記憶しておる。言うなら私はなら子供の時に既にです、言うならば天地がまるうせずにはおかんという働きを、理屈はわからんなりに行じたんだ。
実行したんだという事が、言えるんじゃないかと言う様な話を、私の子供の時のことを、それから泉君のこう二十歳、なら二十年間の事についてから、まぁそんな話をさせて頂いてです、そして、本当に適切な話であったなと思うんです。過去の一切が生きて来るということ。それはどういう事かと言うと、成程自然界には、まるうせずにはおかん、和らぎの心を与えずにはおかんという働きがあっておるという事をね。
私共が分からせてもらう。子供心にも、それが分からせて頂けれる信心。そういう信心が基礎になる限り、私どもの生涯は、いよいよ輝かしい、合楽理念の実行者として。また、それを現す真善美輝かんばかりのおかげの持続者としてね、あの世この世を通しておかげ頂けれる道が、自然にいつの間にか、身について来るようなおかげを頂く。合楽理念は、そういうようなおかげを受けられる。
この68節もね雨だろうか、風だろうかと言う様に、激しいまでに現れて来る所の、まるうせずにはおかんという働きであると分ったら、それに不平だん不足だん言われん。これでもうへこたれたと言う事はない。決して形やら物やら言うならば、事ではない。ただ心の中に念ずる事であっても、それが真の心を持っての奉仕であるならば。また真の心を持って、それを受ける心があるならばそこに、一言の言葉もいらず交流する。これは神様と私どもの上においても同じだと言う事でございますね。
どうぞ。